みほしブログ

趣味は生活と読書。

山田詠美『4U』—恋愛のアティテュード

4U ヨンユー (幻冬舎文庫)

〈男が長いことつかっていたバスタブの残り湯は、はたして、スープか。〉

山田詠美『4U』の書き出しの一節だ。
初めてこの小説を読んだとき、まだルーズソックスを履いたおぼこい女子高生で、せいぜいお父さんの残り湯くらいしか目にしたことがなかった私はこの冒頭だけでどきりとした。
文章はこう続く。

〈桐子は、バスルームを掃除するたびに、そんなことを考える。どういう味がするんだろうと、ふと思う。しかし、飲んでみたことはない。もちろん、飲みたいとも思わない。ただ、彼に関して知らないことは、まだまだあるのだなあ、と溜息をつきたい気分になる。〉

そうだよね。と私はうなずく。初めて読んだ高校生のときも、その後いくつか恋愛を経験した20代のときも、結婚も離婚もした30歳になっても、この冒頭を読むたび、そうだよなあとうなずくのだ。

『4U』は同名の短篇集の表題作で、文庫本でたった30ページほどしかない小説だ。内容はといえば、主人公の桐子を含む26歳の女三人が、桐子の恋人マルが働くレストランで恋愛やセックスの話をしている、というだけのもの。だけのもの、なのに、私は人生で躓くたび、この小説を紐解くのだ。

〈誠実とセクシーって同義語だよね。誰かと共有出来る代物って価値ないもん〉
〈でもさ、私、ほんとうに愛してるかどうかって、みじめな自分をその人の前で許せるかどうかってのにかかってると思うの〉

手になじんだぼろぼろの『4U』の文庫本を開くたび、なじみの三人がそれぞれの恋愛観をあけすけに語っている。三人の恋愛観は少しずつ違うけれど、自分に正直で、知ったかぶりをしない、という信頼できる共通項がある。
山田詠美の小説にはアティテュード(態度)という言葉がよく出てくる。高校生の頃、憧れだった桐子たちのアティテュードは、今となっては自分のスタンダードになって、それを再確認するためにときどきこの小説を読み返す。

ぼくは勉強ができない 』『放課後の音符(キイノート) 』『A2Z 』など、実生活まで影響を受けた山田詠美の小説は数えきれないけれど、自分の恋愛観を形作った『4U』はおそらくいつまでも大切な小説であり続けるし、青春時代にこの小説に出会っていなかったら今までの恋人すら違ったかもしれない、とこっそり思っている。

4U ヨンユー (幻冬舎文庫)

4U ヨンユー (幻冬舎文庫)

 

 

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