みほしブログ

趣味は生活と読書。

最後にマスクを買えた日

わたしが使い捨てのマスクを最後に買ったのは1月26日。はっきり覚えているのには理由がある。

まだダイヤモンド・プリンセス号は大黒埠頭に横付けされておらず、東京オリンピックも習近平氏の来日も行われる予定でいた時代のお話。

わたしは横浜市内に住んでいる。武漢で新型のウイルスが流行っていることは既に報道されていたけれど、まだまだ中国の国内に限った話で、身近には思っていなかった日本人が多かったと思う。日本人の感染者も武漢滞在歴のあるひとくらいしかいなかったし。

でも、横浜はご存知の通り中華街がある。日本のほかの地域より中国を身近に感じている街だと思う。春節が始まれば町場の中華屋さんだって中国へ帰郷するためお店が閉まるし、逆に横浜にいる親のもとへ帰ってくる中国の方もいる。

「春節なのに渡航禁止にしなくていいのかしらね」とばったり会った近所のママ友さんと春節直前に話したことを覚えている。

春節を迎えた次の日、駅前のちいさなドラッグストアへ立ち寄った。何か買いたいものがあってわざわざそのドラッグストアへ行った記憶があるけれど、何を買いたかったのかは覚えていない。

商品を手にぼんやりレジの列に並んでいると、前に並んでいる女性が持っていた買い物かごに目が吸い寄せられた。

袋入りの使い捨てマスクが買い物かごから溢れそうなほど積み重ねられていたのだ。

髪をひとつに束ねた化粧っ気のない女性は「領収書ください」とたどたどしい日本語で言った。中国系のひとの発音だ、と気づいた。レジに表示された値段を見ると5万円を超えている。

わたしは知らない。
彼女がなんのために大量のマスクを購入したのかも、彼女がなぜ領収書を求めたのかも。
でも、彼女が大金をはたいてでもマスクを欲していること、そしてとても疲れていることは人間としてわかった。

これはまずいことが起き始めている、と彼女のやつれた横顔を見て察知した。わたしはレジを一旦離れ、マスクを購入しようとしたがそのドラッグストアのマスクの棚はすでに空っぽだった。彼女がすべて購入してしまったのだろう。

わたしはとりあえずドラッグストアで欲しかったものだけ買って、その足で100円均一ショップに行った。そこにはいろんな種類のマスクがまだフックにぶら下がっていた。
白いマスク、グレーのマスク、黒いマスク。
大きいのに小さいの。花粉症じゃないしどのマスクが良いとか知らなかったけど、とりあえず2000円分80枚くらいをその場で買っておいた。

5月1日現在、わたしが今年最後に買えたマスクはそのとき100均で賄ったものだ。
それからいつドラッグストアや100円均一ショップへ寄ってもマスクの棚は常にからっぽのまま。

マスクを買い置きする習慣は持ち合わせていなかったので、そのとき買っておいたマスクのおかけでこの3か月間の数少ない外出をしのいだ。

マスクはほとんど使ってしまったけれど、あのときマスクを買い込んでいた女性の緊迫した表情は脳裏に焼きついていて、今もわたしを怯ませる。