みほしブログ

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「普通」とたたかうコンビニマン――村田沙耶香『コンビニ人間』書評

10人産んだら1人殺せる社会を舞台にした『殺人出産』。
人工授精技術が発達し生殖と家族が分離され、夫婦間のセックスが近親相姦となる社会を描いた『消滅世界』。

殺人出産 (講談社文庫)

殺人出産 (講談社文庫)

 

 

消滅世界

消滅世界

 

どちらもショッキングな内容で話題となった作品だが、読者は安心してその「社会」を堪能できる。なぜなら、村田沙耶香が考えた”If”を膨らませた小説のなかの「社会」は、あくまで「あちら側」の社会であって、読者がいる「こちら側」の社会は浸食されないからだ。

しかし、『コンビニ人間』は違う。思考実験のために作られた社会でなく、「こちら側」の社会を書いてやろうという村田の強い意思が感じられる。

コンビニ人間

主人公の古倉恵子は大学1年生のときにコンビニでアルバイトを始め、同じ店に18年間勤め続けている。幼いころから「普通」が理解できなかった恵子は、マニュアルを与えられ、コンビニで働き始めたときこう感じる。〈そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。〉

自分と同世代のアルバイト仲間が着ている服のタグを盗み見、ポーチのなかの化粧品のブランドをメモして〈普通の三十代女性〉になるべく恵子は努力するものの、アルバイトのまま正社員として就職せず、未婚で恋愛経験がない〈理由〉を周りはやっきになって見つけ出そうとする。〈迷惑だなあ、何でそんなに安心したいんだろう〉とぼやきつつ、恵子は「普通」の妹から困ったときはとりあえずこう言えと伝授されている「私は身体が弱いから!」を連呼する。

恵子の生活に変化が訪れるきっかけは、白羽という男がコンビニに雇われたことだ。白羽は世界が悪いと糾弾する一方、結婚して成功して世界に認められたいというアンビバレントな欲望を膿ませたろくに仕事もできない男で、案の定コンビニをクビになる。ここ二週間で14回、「何で結婚しないの?」と言われた恵子は白羽を家に住まわせることにした。すると、男が家にいる、というだけで周りの恵子を見る目は一変する。常に恵子を心配していた妹は興奮して祝福し、コンビニ店員仲間から初めて飲み会に誘われ、女友達からは「こちら側」へようこそ、と歓迎を受ける。
〈私はいろんなことがどうでもいいんです。特に自分の意思がないので、ムラの方針があるならそれに従うのも平気だというだけなので〉彼女のような人間は少数ながらもそれこそ縄文時代から存在しただろう。ここまで自意識が薄くなくとも、職に就いたことによって〈世界の正常な部品〉となり、居場所を得た人も多いはずだ。それを糾弾する社会は「正常」なのか。人間はみな世界にひとつだけの花として特別なオンリーワンでなければいけないのか。花じゃない生き方だっていいじゃないか。最後、恵子が選んだ道は「正常」を蹴飛ばしつつも明るく、こういう生き方もいいのではないか、と読者を思わせずにはいられない魅力がある。

「みんなちがって、みんないい」なんて金子みすゞが100年近くも前に詠んでいても、なかなか皆が「普通」欲しがるものを欲しがらない人間は理解されにくい。でも、コンビニ人間だってもちろん「いい」のだ。確かに恵子は変わった人間として描かれている。でも、決してかわいそうな人間としては書かれておらず、ユーモアを残した繊細な描写に「正常」からこぼれ落ちてしまった人間へのやさしさが垣間見える。
村田沙耶香はスーパーマンでもスパイダーマンでもない、「こちら側」の社会のいびつさと対峙するコンビニマンという新たなヒーローを作り上げたのだ。この小説の芥川賞受賞を心から嬉しく思う。

コンビニ人間

コンビニ人間

 

  

わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集

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